どんぐりの家

作品紹介

「どんぐりの家」全七巻
山本おさむ 第一巻・1993年 第二~七巻・1995~1997年「ビッグコミック」(小学館)

[単行本の背表紙] 単行本「どんぐりの家」は七巻まであるが、ここに示してある写真の通り、自分の持っている単行本には第一巻のみ番号がついていない。これはもともと「どんぐりの家」が第一巻のみで完結していたためで、二年後に続編が出て二巻目以後番号がつくようになった。
最近の文庫本版では、第一巻から番号がついている。

第一巻の内容は、ろう重複障害者のための施設を作る運動の話だ。第一巻では、主に田崎圭子という、ろうの他に知恵遅れも持つ重複障害児を中心にしている。
ろう重複障害児を育てるのに艱難辛苦するが、その中に喜びを見いだす姿は感動的である。そうして、施設を設立する運動を始め、できあがった「どんぐりの家」の運営がスタートするところで終わる。

この二年後に、続編が描かれる。 内容は第一巻とほぼ同じ。ただしさまざまな障害児、さまざまなケースやエピソードが描かれていて、より詳細な内容になっている。 第四巻では、京都府「いこいの村」の話が出る。日本で最初のろう重複障害者のための授産施設だ。ここまではろう重複障害児の話だったが、成人のろう重複障害者である大橋朝男の事例が紹介される。社会から見捨てられてきた重複障害者がどうなるかがうかがわれるエピソードとなる。

[「どんぐりの会」を設立]
「どんぐりの家」第五巻 91頁

第五巻で、ろう重複者の作業所を作る話になる。通称「どんぐりの会」。 第六巻で作業所のための家探しに苦労しようやく見つけ、第七巻で募金活動の苦労が描かれる。一年の予定を二年に延ばしてようやく建設資金二億円を達成、「ふれあいの里・どんぐり」が建つ。
そうして通所する障害者達の姿で、「どんぐりの家」は終わる。

「どんぐりの家 ~それから~」
山本おさむ 2006~2007年「ビッグコミック増刊」(小学館)

前半は聴覚障害者のための老人ホーム「ななふく苑」の話、ろうの老人介護を扱う。そして後半で、障害者自立支援法の問題を取り上げていく。「障害者自立」という名前とは裏腹に、障害者の負担が重くなってしまう、法律のおかしさを描いている。

おまけ

「どんぐりの家 その後」
山本おさむ 1993年「ビッグコミック」(小学館)

[「どんぐりの会」を設立]
「どんぐりの家 その後」1993年 ビッグコミック 7/25号 89頁

第二巻以降が出る前の、「その後」レポートである。これは、単行本には収録されていない。相当するシーンが第七巻 第1回「つくる会」にある。どんぐりの家設立運動をしている姿が描かれている。

ここに、似顔絵コーナーをやる三人のマンガ家のカットを示す。単行本にも似たシーンがあるが、細部は違う。尾瀬あきら先生は、山本おさむ先生と義理の兄弟なのだそうだ。
尾瀬あきら先生には、だいぶ前においしい酒をおごってもらったことがある。その節は、どうもありがとうございました。

評論

自分はアニメ「どんぐりの家」は見ていない。マンガのみで評論している事を断っておく。

「どんぐりの家」でウェブ検索すると、けっこう出てくる。が、このすべてがこのマンガ関係なのかというと、そうではない。ハンドルが「どんぐり」という人の家の話だったり、聴覚障害とは別の障害者の施設だったりする。障害者施設としての「どんぐり」は、マンガの影響で名づけられたのかと、初めは思った。しかしよく見てみると、このマンガよりも前からある施設がいくつかあるので、マンガとは関係ないようだ。障害者施設に「どんぐり」の名前をつけるのは、よくある事らしい。

念のために書いておくが、ろう重複障害者のための施設は埼玉県の「ふれあいの里・どんぐり」だけではない。京都府にある「いこいの村」という授産施設が、日本国内では最初のものだ。東京都でも「たましろの郷」があり、僕のいる聴覚障害者協会でも支援している。マンガで「どんぐりの家」を「ここだけがろう重複障害施設」という印象を持っているなら、今すぐ改めてほしい。山本おさむ先生もその点を考慮しており、単行本でも、第一巻の後書きにちゃんと他にもこういう施設があることを明記し、協力を呼びかけている。

なお、僕自身は京都出身なので、「どんぐりの家」以前から「いこいの村」は知っていた。全国的に先駆的な施設であることも、知っている。京都というところは、こういう面ではいろいろと先進的な所なのだ。日本最初の手話サークルも京都だし、僕自身、難聴児教育で先進的な教育を受けてきた。

マンガを読んで、何かしら協力する気になられたなら、「どんぐり」ばかり考えないで、むしろ地元にあるこうした施設や設立運動をしている団体に協力してほしい。それに、地元の方がより具体的なニーズがわかり、協力できる機会も多いだろう。
実際、自分のいる区の聴覚障害者協会でも、機会があれば積極的に「たましろの郷」を支援している。大きな行事で記念品として「たましろの郷」で作られた小皿とかクッキーなどを出しているし、カレンダー等も販売している。東京都にある他の聴覚障害者協会でも、同じことをしている。

「どんぐりの家」の重複障害者たちの姿を見ると、戯曲「奇跡の人」の演出の多分に入ったシナリオでさえ、生ぬるいと感じてしまう。実際にはヘレン・ケラーは聡明な子だったので、「奇跡の人」にあるようなひどい状況ではなかった。この辺は、「ヘレン・ケラー神話」を参照のこと。自分は「奇跡の人」で作られてしまったヘレン・ケラー像は、見直すべきだと考えている。

しかしどんぐりの家の場合は、知恵遅れや自閉症も混じるので、状況ははるかに絶望的となる。「奇跡の人」よりもはるかに凄惨なシーンが出てくる。家庭崩壊の危機に瀕する家族すら、描かれている。それでも「どんぐりの家」では、ゆっくりと成長していく我が子を見て喜び、不可解な行動の向こうにきれいなやさしい心を見いだして涙する。そうして我が子と共に生きることを決意する親たち。実話をベースにしているだけに、重みがある。

[「もず共同作業所」で共通の手話を決める]
「どんぐりの家」第五巻 212頁

このカットは、大阪にある「もず共同作業所」(現在は「ほくぶ障害者作業所」)に見学に行ったときのもの。障害者同士のいさかいが絶えなかったというが、共通する言葉として四つの手話「ありがとう」「ごめんなさい」「ちょうだい」「おねがい」を決めたところ、うまくいくようになったという。やはり、コミュニティには共通の言葉が必要なのだということを感じさせる。

[「おおスターリン主義!! 懐かしい言葉だね」と笑う元女学生運動家]
「どんぐりの家」第七巻 92頁

このマンガには、さまざまな人たちが出てくる。自分には、元学生運動家の内野さんが印象に残っている。自分の大学時代はすでに全学連といった学生運動が下火になっていたが、京大でなお活動している学生運動家がいた。自分は彼の影響で手話を学び、聴覚障害者の問題に関わるきっかけになった。まだ手話を使ってはいけないという考え方が根強かった時代で、自分のように積極的に手話を使うようになる人は少数派だった。図らずも、当時としては先進的な考え方を持つようになっていた。
この内野さんの話で、彼のことを思い出してしまった。かつて闘争に明け暮れた学生達は、今は年配の社会人として生活しているのだが、社会福祉や障害者福祉の問題に関わっている人たちも少なくないだろう。

[どんぐりのお母さん達にサインを求められる山本おさむ]
「どんぐりの家」第六巻 190頁

山本おさむ先生は、地元の手話サークル会員どころか、会長も務めたことがある。会長の件は、マンガでは描かれていないが。このカットは、初めてどんぐりの事を知るきっかけになるシーン。埼玉県手話通訳問題研究会の研究討論集会で、どんぐりの家のためのバザーをしているお母さん達にサインをねだられる。この当時は「遥かなる甲子園」を執筆中だった。

これが縁になって、どんぐりの家の運動に関わるようになる。

アニメ化について

「どんぐりの家」第五巻のあとがきでこう書かれている。
「過去に何度か自分の作品が映像化された事があったが、私は皆不満だった。不本意な映像化は断るというのが私の基本方針だった。」

そりゃそうだろうな、と思う。特に、「遥かなる甲子園」のテレビドラマはひどかったものな。この件は「遥かなる甲子園の周辺」を参照。

「どんぐりの家」のアニメ化も、初めは断っていたという。しかし熱意にほだされて脚本に手を入れだし、ついには総監督まで引き受けることとなってしまう。このアニメ「どんぐりの家」は、第1回文化庁メディア芸術祭アニメ優秀賞を受賞する。なお、この年のアニメ大賞は「もののけ姫」。

障害者自立支援法

[「病人の布団をひっぺがすようなマネしといて、自立支援とは笑わせるぜ。」と怒る障害者]
「どんぐりの家 ~それから~」176頁

「どんぐりの家 ~それから~」で出ている障害者自立支援法の問題は、現在進行中だ。2006年4月に実施された障害者自立支援法は、検討が不十分なままに制定され実施した法律なので、さまざまな問題を抱えている。

手話通訳派遣事業でもこの法律の影響を受けており、これまでは無料で利用できていたのが有料になってしまった。本来なら、無料で利用できるようにするべきだ、というのが聴覚障害者団体としての考え方であり、障害者自立支援法はこれに逆行している。
なぜコミュニケーション支援事業は無料にすべきなのでしょうか?
このために、東京都聴覚障害者連盟でも障害者自立支援法案の見直しを求めている。他にも多くの障害者団体からも、見直しを求める声が出ている。


[記:2008年1月2日]