マンガの中の聴覚障害者 ↑トップページへ
女性マンガ誌で連載されて好評を受けた作品。ろう者の少女が主人公で手話も出ている。それだけでなく、聴覚障害者の世界をきちんと描かれている点でもピカ一でオススメできる。
普通校の高校に通う、ろう者の夏木るるが主人公。学校の中では孤立している。
話は、コンビニ店で万引きの犯人と間違われるところから始まる。その後イロイロあって、本当の万引き犯でクラスメートの中沢華子(メガネ)と友達になる。ここまでで第一話。
「きみの声 ぼくの指」(講談社)第1巻 176頁
第三話で、文化祭に「ロミオとジュリエット」を るるが主役としてやることになる。ただし、るるは口パクで声はメガネが担当する、という趣向だ。そこから、出演者全員が口パクで声の担当を別につけるという話になる。これがきっかけに、クラスメートと仲が深まるようになる。
マンガのタイトル「きみの声 ぼくの指」も、この話と関係がある。声を担当した健聴者のメガネと、手話で話をするろうあ者のるるを象徴しているわけだ。
「きみの声 ぼくの指」(講談社)第2巻 134頁
第1~2巻は高校での話で、第2巻で大学受験の話になる。ここで盲目の大学教授(とは、この時点では、るるは知らない)のおばさんと知り合うことになる。盲人とろうの二人のかけ合いがなかなか絶妙。
第3~4巻が大学での話。メガネは看護婦志望で道が分かれる事になり、代わって相方として手話通訳のうまい上条花根子(カネゴン)が登場。美人だが「タダでは手話通訳しない」という守銭奴ぶり。以前に耳の聞こえない人を好きになって振られた経験を持つ。
恋愛にニブイるるではあるが、恋愛模様のからんだ大学生活が描写される。
まあ女性誌に連載されたマンガなので恋愛話が入ってくるわけだが、恋愛がメインのマンガではない。メインテーマは、あくまで聴覚障害者問題である。なので、聴覚障害者の行動の描写が具体的だ。とおりいっぺんの描写ではなく、きちんと知った上で描いている。
この「きみの声 ぼくの指」の前に描いた「静かなる夜のほとりで」もなかなかいい作品だった。しかし残念ながら、僕の読んだのは単行本二巻分しかない。エレガンス イブに連載しているのは知っていたが、あまり読まない女性マンガ誌でもあり、いちいち掲載誌を買わなくても単行本を買えばいいさ、と思っていた。そうしたら、単行本は二巻だけで未収録作品山盛りのまま終わってしまった。分量としては九巻分あるのに、もったいない事だ。
僕は原則として、聴覚障害者マンガが出たらなるべく即時に買うようにしている。後に単行本化されずに終わってしまうケースが多いからだ。しかし「静かなる夜のほとりで」の場合は単行本が出ているのを確認した後だったので、単行本を買えばいいさと思ってしまった。まさか、未掲載多数のまま打ち切られてしまうとは思わなかった……。
あぅ~、あの続き、読みたいぞ~。(;_;)
前半の高校時代では、夏木玄、るるの親父が一番キャラが立っている。
万引きを疑われたコンビニ店について、るるにこう言う。
「疑われたからといって『二度とこない』なんて了見のせまいことはするな」
「毎日通って思いっきり買い物してこいつらに心から『ありがとう』『すみません』を言わせてやれ」
なかなかに痛快な親父だ。そして後に、本当にコンビニ店の店長が親父に頭を下げることになる。
「きみの声 ぼくの指」(講談社)第1巻 175頁
手話を使ってのカンニングの疑いをかけられた時、担当の清水谷先生はクラスの皆に指文字を覚えるよう命じる。クラスが疑われたことに怒っての事だが、「一日あれば覚えられるわ」と断言。
手話を学ぶ人で「一日でできっこない~」と言う人は多いが、できる。僕自身は二日で覚えたけど、「一日で覚えた」という人を何人も知っている。余裕を見ても、覚えるだけなら一週間もあれば十分だ。
でもなぁ「僕は二日で覚えた」でも、ビックリされることが多いんだよなぁ……
実際には、手話講習会でも一週間どころか一年間かけても指文字を覚えない人がけっこういる。基本中の基本なんだから、ホントに一週間で覚えなきゃ後の学習にさしかかわるのに、そうしない。一日で覚えられるか一週間かかるかは、本当は些末な事で、覚えるべきものはさっさと覚えなさい、って事なんだが。
後半の大学時代で一番キャラが立ってるのは、カネゴンだろうな。
彼女の考え方は、耳の聞こえない人に手話通訳をつけるのは当然の権利であり、大学が通訳代を払うべきでボランティアはしない、というものだ。……一見は守銭奴な考え方に見えるが、実は正論である。
中途半端に知ってる人は、ボランティアでサポートするべきだと考えるところだろう。が、きちんと考えてる人だと、カネゴンのような考え方に近づくのだ。
そもそも、手話通訳というのは耳の聞こえない人が連れてくるものだ、と考えている人が多い。間違っている。そんな考え方だと、聴覚障害者に対する差別は解消できない。手話通訳がいなければ、差別して当然、という危険なことになってしまうのだ。
障害者差別の問題は、障害者とその関係者だけでは解決しない。差別する人がいるから、差別問題が生まれる。社会全体で取り組むべき問題なのである。
「きみの声 ぼくの指」(講談社)第3巻 122頁
聴覚障害者の世界のことを描写できている点では、この「きみの声 ぼくの指」が一番よくできていると思う。聴覚障害児対象のフリースクール、聴障者では携帯電話でのメールが普通に使われていること、手話通訳士の資格試験、パソコン通訳、聴覚障害者への薬剤師の資格制限の問題など、リアルタイムで進行している話題をよく取り上げている。
「君の手がささやいている」でもこの手の話題はあるにはあるが、「きみの声 ぼくの指」ほど多くはない。マンガで最近の聴覚障害者の実情を知るなら、「きみの声 ぼくの指」が一番のオススメである。
余談だが、このカットにあるパソコン通訳を最初にやったのは、僕もかかわっている「日本聴覚障害者コンピュータ協会」だ。「会の実績」のページに紹介してある。
さて、わりと有名なのに、このマンガには出てこないものがある。よく聴覚障害者を描写できている事については多くの人が触れるだろうが、出てこないものがあることに気づいている人は少ないと思う。大事な点なので、僕が指摘する。
このマンガには、手話コーラスが出てこない。
「きみの声 ぼくの指」(講談社)第3巻 75頁
音楽を扱ったシーンはわりとあるにもかかわらず、手話コーラスが、ない。おそらく、故意だと思う。これを知って「手話コーラスを出さないのはおかしい」と主張するのは、短絡的思考というものである。出さない方が正解なのだ。手話コーラスにはいろいろと問題があるし、何よりも手話の本道からはずれているからだ。
「手話の本道からはずれている」という僕の指摘には驚く人が多いだろうし、特に手話コーラスをやっている人には不快を感じるかも知れない。逆に、真っ当に聴覚障害者の事を考えている人なら、大多数はうなづいてもらえると思う。
前にこのページを公開した時点では手話コーラスについて調査中だったが、「手話コーラスについて調べ、考えてみた」というページにまとめる事が出来たので、詳しいことはそちらを見ていただきたい。
以前に、漫画家横谷順子さんの「静かなる夜のほとりで」続刊のために「復刊ドットコム」で投票を呼びかけ、最低限必要な100票を達成しました。これで出版社と交渉してもらえたのですが、残念ながら再刊にいたっていません。
それどころか、この「きみの声 ぼくの指」も絶版になり、入手困難になってしまいました。この二つのマンガは人にオススメしたいものなので、本当に残念です。
古本屋とかでこのマンガを見つけたら、即その場で買いましょう!! 手話や聴覚障害者に関心のある方なら、後悔しませんよ。
そして、願わくばいつかは再刊されんことを。
電子図書として複数のサイトで閲覧できますが、次のものが無料で閲覧できるようになっています。
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