地球(テラ)へ…

作品紹介

地球(テラ)へ…」
竹宮惠子 月刊「マンガ少年」(朝日ソノラマ) 1977~1980年

有名な作品なので、紹介は簡単にすます。

人類が特殊統治体制(スペリオル・ドミナント)下にある未来世界の話。環境破壊で滅亡の危機にある地球を再生するための、政治体制を取っている。そこでは「ミュウ」と呼ばれる新人類が生まれつつあるが、スペリオル・ドミナント体制下ではミュウを排除する。

主人公、ジョミー・マーキス・シンは植民惑星アタラクシアの育成都市で育つが、ミュウの長、ソルジャー・ブルーに見いだされる。成人検査での洗脳から救出されたジョミーは、ミュウの仲間となっていく。

[死の床で補聴器をジョミーに託す、ソルジャー・ブルー]
月刊マンガ少年 別冊「地球へ…」第一部 147頁

ジョミーは後に、ソルジャー・ブルーの遺志を引き継いでミュウの長となる。ミュウの超能力で人類と交戦、ついに地球に対してミュウを認めさせるための交渉の場を持つこととなる。この後でどんでん返しがあるのだが、これは各自で読んでいただきたい。

このマンガでの新人類ミュウは、超能力を持つが、虚弱体質であり障害者が多い、という設定になっている。ミュウの長、ソルジャー・ブルーも聴覚障害者で、補聴器を使っている。
ジョミーは健常者で障害を持っていなかったが、後の戦いで視覚と聴覚を失うこととなる。

評論

もう30年も前のSFマンガかぁ。雑誌連載中の「地球へ…」を読んでいた僕も、年をとるわけだな。

この作品、マンガ少年別冊の総集編 第一部~第四部 を持っている。本に酸性紙を使っていた頃のものなので、紙自体の酸化が進んで茶色くボロボロになっている 。なお、今の本は長持ちする中性紙を使うのが普通なので、三十年くらいではボロボロにならない。こういう古い本なら、古本屋で高く売れるのかと思ったが、調べたところそうでもないようだ。まあ、本についている定価以上の値段で売ることはできる。しかし三十年近く前の本なので、物価の変動を考えれば、これでも安い値段だろう。雑誌連載当時でも人気作品だったのだから、たくさんの部数が売れたわけで、今でもかなりの部数が残っているために安いのだろうね。

率直に言うが、このマンガでの聴覚障害者の扱いは、中途半端だ。しかし、これは仕方がない。当時は、これでもまだ良い方だったのだ。山本おさむ「遥かなる甲子園」が出る1988年よりも前の作品で、その頃の聴覚障害者に対する理解なんて、この程度のものだったのだから。
今だったら、こんな中途半端な描写はまず通らないだろう。そういう意味でも、この「地球へ…」での聴覚障害者の描写は、当時の時代を反映していると言える。

どう中途半端なのか、説明しよう。
上に出したカットが、ソルジャー・ブルーの死の床で、補聴器をジョミーに託すシーンだ。後々になってジョミーも目と耳を失うことになるのだが、このカットの時点ではジョミーはまだ失聴していない。本当は、補聴器をつける意味が無いのだ。

[補聴器をつけているジョミー]
月刊マンガ少年 別冊「地球へ…」第3部 35頁

それにも関わらず、ジョミーは聞こえている耳に補聴器をつけて登場するのだ。まあ、補聴器をはずしているシーンもけっこうあるので、どうしても必要なものというわけではないようだ。

このソルジャー・ブルーの補聴器には「ミュウの長」としてのシンボリックな意味が込められている、と考えられる。だからジョミーは正式な場では、ソルジャー・ブルーの補聴器をつけ、自分がブルーの後継者であることを示しているのだと思う。
と同時に、補聴器をつける意味のない健聴者なのに補聴器をつける、という矛盾が作者には(おそらく読者も)ハッキリ認識されていないのだろう。

それにしても、この補聴器、かなり旧式だな。連載当時でさえ、「この補聴器、古いよ」と感じてしまった。連載当時でさえ、耳穴式の補聴器、補聴器全体が、耳穴にすっぽり入る超小型補聴器がすでにあったはずだ。ずっと未来の世界の話のはずなのに……

それに、このヘッドホン式の補聴器、あまり使い勝手は良くない。つーか、普通の人なら一時間もたてばはずしてしまいたくなるはずだ。僕は小学校・中学校の難聴学級で、集団補聴器としてこの形式の補聴器を使っていたので、わかる。
なぜなら、ずっとつけているとヘッドホンの中の耳が蒸れてしまうのだ。また、ずっとヘッドホンで耳を圧迫されているために、耳朶がはれてしまう。作者は、このヘッドホン式の補聴器を使ったことが無いのだろう。もしあれば、こんな旧式な代物を未来世界の機械として描くはずがない。

というわけで、補聴器の一般的な知識もない人が適当に作った話だということがわかる。
マンガの方もリメイクする話があるらしい。ならば、このあまりにも旧式な補聴器を使っている所も、描き直してくれないかな。ただし、人工内耳は禁止な。

[地球でキース・アニアンと会話するジョミー、「目も耳も…口も使わなくなって久しい」と語る]
月刊マンガ少年 別冊「地球へ…」第4部 157頁

まあこの後に、地球との戦いで目と耳を失うことになるので、補聴器は意味があるものとなるのだが。

実は、この「地球へ…」が描かれた時期は、聴覚障害者のことをまともにマンガに描かなかった長い空白期の最中にある。「地球へ…」が描かれた 1977~1980年の前後に出ていたマンガを調べても、めぼしいところは次のような作品になる。

他にも聴覚障害者が出てくるマンガはあるが、脇役か端役、あまり知られていない作品に限られてしまう。聴覚障害者を扱った傑作は、この時期には無い。
まあ人によっては、星野めみ「きこえますか愛!」を傑作と評価するかも知れない。僕は傑作だとは思っていないのだが、あの時期においては突出した作品だったことは認める。つまり、他に良い作品と言えるものが乏しい時期だったのだ。

最近のアニメ版では、描写が変わっている 

以上は、マンガ版に基づいて書いた評論であり、アニメは全く見ていない。このページを読んだ方からの指摘で、テレビアニメ版では描写が変わっていることを知った。

ソルジャー・ブルーは聴覚障害者という設定が無くなってるとのこと。
作者の竹宮惠子によると、原作のソルジャー・ブルーの補聴器は聴力だけでなく、視力・声を補う機能が付いてるとのことで、描いた当時では『補聴器』という言い方しか知らなかったという。具体的に説明すると長くなりすぎるのであえて省いており、説明不足な作品になっているそうである。

アニメ版の DVD は、字幕が入っているらしい。テレビの方も字幕付き。
以前に出ていた旧版のアニメでは、字幕なんぞ全然入ってなかったのを思えば、進歩だと思う。

今では、デジタルテレビには初めから字幕デコーダが内蔵されており、テレビ放送でも字幕をつけるよう求める法律さえできている。だから、テレビ放送の方は、聴覚障害者に対するバリアは以前よりもだいぶ少なくなってきた。
しかし、ビデオテープや DVD は未だにバリアがある。本当は DVD は、初めから字幕が簡単に入れられるように規格が決まっている。それでも、字幕が入っているアニメもあることはあるが、入ってない方が圧倒的に多い。聴覚障害者への技術的なバリアはすでにはずされているのに、字幕を入れようとしないアニメが多いのは、どうしてなんだろうね。


[記:2007年6月30日]