医学マンガの聴覚障害者

マンガの一ジャンルとして、医学ものがある。最もよく知られているのが手塚治虫の「ブラック・ジャック」だろう。
さまざまな病気や身体障害をあつかうのだから、聴覚障害者をあつかった作品も多そうな気がするものだ。が、データベースを検索してみると、案外少ない。
それでも、優れた作品があるならきちんと紹介したいところなのだが、実はあんまりたいした作品てのがない。だから、ひとまとめにして紹介してしまうことにする。

作品紹介

「ブラック・ジャック」 手塚治虫

第157話「消え去った音」

[みずから耳に熱湯をかけるシーン] 少年チャンピオン・コミックス「ブラック・ジャック」第17巻 76ページ

空港の近くに住む農家の男が、騒音によるノイローゼでみずから耳を傷つけてしまう。鼓室形成術で治療するが、騒音が続く限り耳を傷つける発作が続く。医者は転地療養をすすめるが、自分の農地を守ると聞かない。
そこでブラック・ジャックが独特の鼓室形成術をほどこす。騒音の時だけ鼓膜がはずれるというもので、飛行機が飛ぶときの騒音は自動的に聞こえなくなる。
が、しばらくして男は元に戻してほしいと言い出す。
「わしたちはあの騒音公害とたたかっているんだ」
「爆音の方をなくすことが先なんです!!」
ブラック・ジャックは渋々元にもどす。

データベースに登録されてる作品数が一番多い手塚治虫でさえ、「ブラック・ジャック」の中では聴覚をあつかったものは一つしかない。データベースに登録されてる大多数は、言語障害だ。そのたった一つの聴覚をあつかったものでさえ、厳密には「聴覚障害」ではない。手術で直ってしまう負傷にすぎない。足の単純骨折を「肢体障害」とは呼ばないのと同じで、適切な治療で平癒できるものは「障害」ではない。
そういう理由で、このマンガは聴覚障害者をテーマとしたものとは言えない。

それにしても、あれほどたくさんの症例・障害例を描いた「ブラック・ジャック」でさえ、本当に聴覚障害者を描いたと言えるものが一つもない、というのはいささか驚く。医学博士号を持つ手塚治虫ではあるが、聴覚障害に対する理解はさほど深いものではなかったようだ。

「ダーク・エンジェル」 風間宏子

OPE・32 魂の旋律

[魅和子が謎解きするシーン] 秋田コミックスエレガンス「ダーク・エンジェル」第7巻 235ページ

簡単に言うと、女性マンガ版「ブラック・ジャック」だ。天才的な外科手術の腕を持つ女医の氷川魅和子が主人公。法外な報酬を取るところも同じ。もっとも、本家のブラック・ジャックと違って美人に描いてるところは違うが。
医学テーマの聴覚障害をあつかったマンガで、一番読みごたえのある作品がこれだろう。

世界的に知られる指揮者が、ケンカによる刀傷で入院。指揮者は有能だが偏屈でもあり、病院内でも評判はよくない。難聴だがバイオリンを弾く少年患者と出会い、演奏を指導するようになる。が、魅和子はその指導ぶりに違和感を持つ。
少年の病気は直せないと言われていたが、魅和子は直せると断言。ただ難しい手術なので少年は始めは拒否するが、指揮者の説得で手術を受けさせる。そして魅和子は天才的な手腕で成功させるのみならず、いっしょに耳の手術までして聞こえるようにしてしまう。
術後、魅和子はバイオリンの音で少年の耳が聞こえることを確認すると同時に、指揮者の耳がおかしくなっていることを鋭く指摘、突発性難聴だと診断する。指揮者の偏屈と見えた行動はそのためだった。
少年はベートーベンを引き合いに出して、指揮はできるはずだと懇願、指揮者は約束をはたす。

突発性難聴は感音性難聴なのでベートーベンとはケースが違い、本当はベートーベンのようにはできないはずなのだが、このマンガではその点にはふれていない。

ところで、このマンガでは突発性難聴には治療法はないと書かれているが、実はごく初期なら回復できる可能性はあるそうだ。だから、ある日に突然耳が聞こえなくなったと気がついたら、その場で急いで耳鼻科にかけこむべきだ。
実際には「そのうち直るだろう」と甘く考えて、手遅れになってしまう人が多い。ストレスが一因になってるようで、多忙な人ほどかかりやすいため、なおさら「忙しいから」と後回しにしてしまいやすい。もしそういう人を見かけたら、「今すぐ病院へ行け!!」と真剣にアドバイスしてやってほしい。

「ゴッドハンド輝」 山本航暉

第23話 真犯人

[音が聞こえなかったと告白するシーン] 少年マガジン39号(2001年)

主人公のテル先生はまだ見習い中の医者だが、時々天才的な手腕を発揮する。そういう点で、「ブラック・ジャック」の流れを受け継ぐ医学マンガと言える。

自転車事故で入院した患者は、サーファーガール。病院内では評判悪い(パターンだなぁ)が、実はサーファーズ・イヤーによる難聴。ダイバーズ・イヤーとも言い、漁師や水中スポーツをする人によく見られる病気。伝音性難聴で治療には手術が必要になる。
恋愛がらみのいざこざで病院から逃げ出すが、車の音に気づかずひかれそうになるところを男友達に助けられ、その友達がケガを負う。これをきっかけに二人は仲直り……。

耳が聞こえないから二度とも交通事故にあった、という話なのだが、しかし、耳が遠いぐらいでそんなに不注意になるものなのかなぁ?
僕は幼少時に二回交通事故にあった経験はあるが、成人して以降は交通事故スレスレになったのは二回しかない。これは、携帯電話に夢中な運転手が横断歩道無視したものと、夜道で無灯明の自転車にぶつけられそうになったもの。いずれも僕に責任はない。まともな成人なら交通事故に対する注意くらい、そんなに難しいことではないと思うのだが……。
もっとも、交通事故に無頓着な人がいる事もまた事実で、車が通る往来なのに平気で道の真ん中にはみ出して歩く人が時々いる。これには聴覚障害とは関係ないようだ。自分の身を危ないところに置かない、危機管理意識の問題なのだろう。
ということは、くだんのサーファーガールはそうした危機管理意識に欠けている少女だった、という事になる。マンガでは難聴のせい、ということになってるが。

「救急ハート治療室」 沖野ヨーコ

カルテ11「わたしからの言葉」

[カメラ持って笑う初音の顔] KCキス「救急ハート治療室」第3巻 22頁

盗癖のあるろうあ者が交通事故で入院。父親が有名な指揮者だ。入院中も問題行動はおさまらず、カメラに執着する。
実は、父は音楽でしかみずからを語るすべのない人であり、耳の聞こえない娘とどう接すればいいのかわからなかった。娘も写真でしか自分を表現できなかった人で、父を思いながらも父との接点がなかった。
これに気づいた主人公の看護婦がスライド上映会と音楽会を合体させたイベントをセッティングし、父娘の仲を取り持つことに成功する。

あまりうまくストーリーを説明できなかったが、そういうタイプのマンガなのだから仕方ない。きちんと説明できるようなハッキリしたテーマを持っておらず、見せ場と見せ場をつないで話の流れを作るタイプなのだ。テレビのトレンディードラマによくある作り方で、その場その場の雰囲気にまかせて読む、そういう読み方が前提になっているマンガなのである。

この「救急ハート治療室」をインターネットで検索してみたが、テレビ番組としての話題の方が多かった。
ただ、泣けるマンガとして紹介されていたのには驚いた。泣けるのか、こんなマンガで!? オレは泣けんぞ。というか、これで泣ける人がいるなんてことは全然想像できなかった。

ツッコミたいところがいっぱいある。僕は写真が趣味なのでこのマンガでの写真の扱いについては文句があるし、ろうあ者の心理行動の描写にも文句がある。しかし、まじめに読むべきマンガではなさそうなので、ツッコミを入れても仕方ないと思う。

「本日も休診」 石川サブロウ 原案:見川鯛山

第8話 風花

[冗談をいうおばあさんの姿] ビッグコミックス「本日も休診」第1巻 179頁

富農の娘と小作人が夫婦となった話。なかばムリヤリに小作人が娘を犯した形なので、夫婦仲は良くない。妻は夫を嫌うが、夫はそんな妻に認めてもらおうと努力して家を栄える。
しかし妻が老人ぼけになり、夫はそんな妻の世話を嬉々としてするようになる。妻は老人性難聴にもなっている。
夫が死んだ通夜の夜、妻は添い寝する。事情を知っている人は「しようがねぇな、ボケちゃって」と笑う。ぼける前は夫を嫌っていたことを知っていたから。
葬式の後、妻が夫の墓のそばで穏やかに死んでいるのを見つけられる。

原作となっている「本日も休診」はマンガよりも前から読んでて知ってるが、那須山麓の診療所でくり広げられる人情話を、ふざけてるのかまじめなのかよくわからない筆致で書いているユーモア小説だ、ということになっている。しかし、ユーモア小説、なのかなぁ。僕にはかなりエッセイ的な色彩を感じるし、ユーモア一本ばかりでもない内容と思う。
まあ、独特の味わいがあって面白いと、僕は思うのだが、万人向けではなさそうだ。

このマンガはそうした見川鯛山の独特の筆致を伝えようとしているので、独特の雰囲気を持ったマンガになっている。
念のために言っておくが、このマンガは猥雑な所がある。原作からしてそうなのだから、これは仕方がない。そのくせ、心にしみいる叙情的な雰囲気を持っている。

ただ「海抜千メートルという日本一高いところに私の診療所がある」との、見川鯛山のいう日本記録には、異議アリ。
ホントの日本最高は、槍ヶ岳山荘の診療所で、海抜三千メートルを超える。夏季しかやってない診療所だが。

ESP's(エスパーズ) ワルツ」 岡崎二郎

[老医者が補聴器を疑うシーン] ビッグコミック 1995年 3.10号 217頁
(ビッグコミックス『アフター0』第9巻に収録)

98歳の老医者が主人公。この高齢にしてまだ現役の医者で、開業して以来60年間続けているという。四代診た家庭もある。老人性難聴で、補聴器をつけている。
診察中、テレパシー能力を持つ男児にであったのがきっかけになって、超能力研究にのめり込むようになる。ここにあげた絵は、はじめテレパシーだとは気づかずに、聞こえるはずのない声が聞こえたのを「補聴器のせいか?」と不審がっているところ。

岡崎二郎はショートSFを描く漫画家で、寡作ではあるがなかなかセンスのある作品を描く。僕の好きな漫画家である。