ベートーベンの耳は聞こえていた

ルードウィヒ・ファン・ベートーベン (1770-1827)
Ludwig van Beethoven
ハイドン・モーツァルトと並ぶウィーン古典派を代表する作曲家。ボンの宮廷楽団歌手の子に生まれる。一七九五年頃から耳鳴りに悩まされ、一八一五年以後は弟の子カールの後見人として苦労し、耳も完全に聞こえなくなる。貴族の娘との交際があり、恋文が残っているが、生涯独身で通した。

作品紹介

学習漫画として出ている世界の偉人伝のたぐいがいくつかあるが、ここでは取り上げない。
が、ベートーベンを描いた作品としてはこれ一作しかなく、しかも未完結だ。

「ルードウィヒ・B」

手塚 治虫 (潮出版社)
「コミックトム」1987~1989年 掲載

[森の中で鳥を聞くシーン] 「ルードウィヒ・B」(潮出版社) 477頁

手塚治虫の未完の絶筆である。
伝記的な作品ではない。フランツというもう一人の人物(たぶん架空の人物)との対立でドラマが進むストーリーになっている。耳が聞こえなくなる発作に悩まされながら、楽想を練り続けるシーンが描かれている。
なぜか、読んでて昔の手塚マンガ「ファウスト」を思い出した。昔の手塚マンガのにおいが色濃い作品だ。

評論

実は、ベートーベンは耳が聞こえていた、という説がある。

「本当は聞こえていたベートーヴェンの耳」
江時久(NTT出版)
「ベートーヴェンの耳」
江時久(ビジネス社)

ベートーベンは耳硬化症という伝音性難聴であって、人の声は聞こえなくてもピアノの音なら振動で聞くことができたようだ。

聴覚障害には大きく「伝音性難聴」と「感音性難聴」に分けられ、それぞれ聞こえかたが異なる。
耳の中に三半規管という聴覚を感じる器官がある。この三半規管まで音を伝達する部分(外耳・中耳)に障害があるのが伝音性難聴、三半規管から先に障害があるのが感音性難聴。聞こえる音の崩れかたは伝音性の方が小さい。だから、補聴器で難聴を補いやすい。しかし感音性はそういうわけにはいかず、補聴器だけでは十分に補えない。

聴覚障害を知らない人は、単に大きな声で話せば通じる、と思い込んでいる人が多いようだ。これを読んでいる、そうした思い込みを持つ人は、今すぐ考えを改めていただきたい。大きな声を出すから、かえって通じなくなるのだ。不自然な発声となってしまい、かえって聞き分けられなくなってしまう。音量ぐらいは補聴器で調整できる。そうではなくて、声の聞こえかたが健聴者のそれとは違うのだ。しかも、その違いかたが聴覚障害者によりまちまちなのだ。
健聴者には聞こえている状態があたりまえだし、聴覚障害者には聞こえている状態というのがよくわからないので、なんとも説明に困ってしまうのだが……。つまり、相手の話し声が「音」としては聞こえるのだが、意味を持った「声」というふうには聞こえない。「何か言ってるな」ぐらいはちゃんと聞こえている。でも、その聞こえた音が、意味を持った「声」にならないのだ。

で、「伝音性難聴」と「感音性難聴」とでは、同じ聴覚障害でも音に対する感受性はかなり違う。伝音性の方が、ダメージが小さいのだ。補聴器が無かった時代でも、伝音性なら、相手の声が耳に届きさえすれば弁別できる。声が意味を持った「声」として聞こえるのだ。

僕自身は、感音性難聴である。

ベートーベンはどうやら伝音性難聴であり、本当のろうあ者に比べれば、音の弁別はかなり容易だった、ということなのだろう。