最初の手話コーラスマンガ

作品紹介

きこえますか愛!

[手話コーラスシーン] 集英社漫画文庫「きこえますか愛!」星野めみ 70頁

星野めみ 1978年
マーガレット 35~36号に短期連載 (集英社)

手話コーラスを一番最初にマンガに描いた作品が、これ。文庫本になっているので、比較的に入手しやすいと思う。

星野めみには他に聴覚障害者の出ているマンガが二編ある。

ノボとニンジン先生
1980年 マーガレット 34号 (集英社)
単行本として集英社漫画文庫「ノボとニンジン先生」が出ている。
耳にケガをして一時的に聞こえなくなるというものなので、実は聴覚障害に含めていいのか微妙な所なのだが……。話が伝わらないためにコミュニケーションに行き違いができるという内容なので、一応入れておく。
クリスマスパイ物語
1989年 マーガレット 32号 (集英社)
単行本としてマーガレットコミックス「クリスマスパイ物語」が出ている。耳の聞こえない人へのいじめのシーンがある。

評論

これまで日本には何度か手話ブームが起きている。おそらく最初の手話ブームの時に出てきたマンガだ。

こんな内容だ。舞台が夏の軽井沢(うーん、ベタな設定だ)で、主人公の少女がハンサムな男に出会うが、彼は耳が悪い。彼には婚約者がいて嫉妬されて二人の交流を妨害し、それでも最後に二人の愛を確かめ合う。
典型的「おとめちっくラブコメ」(古語)な少女マンガだ。
主人公が耳の聞こえない恋人のために、手話コーラスをやるのである。また、手話を詳しく図解している。ここまで手話を詳しく描いたマンガは、この作品が最初だろう。

聴覚障害者の立場から見ると、ストーリー内容にはいくつか不満がある。

手話コーラスなら音楽が伝わると、安易に考えている。
手話コーラスは、音楽ではない。単に、歌詞を手話でなぞっているにすぎない。音そのものの楽しみを聴覚障害者に伝えるのには、まだ成功していないと思う。
もちろん、耳の聞こえない人にも楽しめるものになるよう、工夫している人がいることは承知している。まだ発展途上だとは思う。しかし、今のレベルでは「耳の聞こえない人にも音楽が伝わる」ものとはとうてい言えない。
ろう学校で手話コーラスをやっている。
本当は、日本ではろう学校では長らく「手話を使ってはいけない」とされていた。近年はだいぶ容認されるようになってはいるが、まだ正式なカリキュラムとしては認められていない。
まして、このマンガが発表された当時(一九七八年)では、ろう学校の中で手話コーラスをやるなど、認められるはずがない。それなのに、ろう学校の中で堂々と手話コーラス会を発表している。現実にはあり得ないことを描いている。
恋敵のキャラクタ作りが不自然。
主人公・愛の相手、元樹には岬という婚約者がいる。このマンガでは典型的な憎まれ役となっている。手話を知らないし、愛と元樹の仲を裂こうと陰険な事もする。
でも、岬は元樹を愛している。耳が聞こえないことを承知の上で、なのだ。こういう人が相手に思いやりのない自己中心な性格の人間とはとても思えない。本当にそんな性格なら、最初から障害者と結婚するのを拒むものだ。
まあ、少女マンガ独特のお約束として作られたキャラクタなのだろう。しかし、お約束がすぎて、不自然さが残りイヤな感じがするのも確かだ。

このマンガの価値は、手話を詳しく描写し手話コーラスがあることを読者に紹介した、最初のマンガだということにある。だから「聴覚障害者の出てくるマンガ」でなく「手話の出てくるマンガ」に入れている。

なお、この中に出てくる軽井沢の「浅間ろう学校」は実在しないが、建物などの描写は足立ろう学校がモデルだそうだ。作者の星野めみが手話を習ったのも、足立ろう学校だという。

[山中の湖の風景] カットは集英社漫画文庫「きこえますか愛!」星野めみ 9頁

愛と元樹が出会う湖は、塩沢湖なのかなぁ。マンガにあるような広い湖じゃないのだが、軽井沢には他に湖がないし。でも場所が軽井沢から離れてるし……。ま、「高原の湖畔の出会い」もまた少女マンガのお約束なのかも。