やぶ医者のつぶやき

原作:森田功 作画:引野真二
1997~1999年、ビッグコミック(小学館)掲載

東京の西の方の武蔵野の面影を残すあたりにある、小さな診療所の町医者の随筆をマンガにしたもの。
耳の遠い老人が出てくる話が二話、手話が出る話が一話ある。

作品紹介

「テニスコートで ―心筋梗塞」

[三井氏がテニスコートで挨拶する図] 1998年、ビッグコミック掲載 ビッグコミックス「やぶ医者のつぶやき」第2巻(小学館) 87頁

三井氏は80歳の老人だがテニス好き。耳が遠い。テニスをやっている最中に、心筋梗塞で急死する。
しかし遺族は「それだけが生き甲斐のテニスをやりながら死んだのだから、さぞ本望だったに違いない」と言い、年寄りの多いテニスクラブの仲間は「極楽往生よ」と明るく話す。

老人のスポーツで急死する問題を扱っている。僕は登山が趣味なのだが、登山界でも中高年ブームとなって久しい。実際に、山の中で出会う登山者は高齢者が多くなった。人ごとではないように思う。

「町内会バス旅行 ―腹くだし」

[耳からはずれている補聴器の図] 1998年、ビッグコミック掲載 ビッグコミックス「やぶ医者のつぶやき」第2巻(小学館) 109頁

珍しく、町内会の日帰りバス旅行に参加。
バスの中で隣の席になった人は、耳が遠い。が、補聴器をまともに耳につけていないのを見て、医者は苦笑する。
マンガクラブ会誌でこのマンガを紹介したら、子供を持つ会員が「自分の子もそうだ」と大笑いしたという。そういえば、難聴学級でも補聴器を耳につけないでぶらさげてる子がけっこういたなぁ。

まあ、補聴器を長く耳につけていると、耳の中が湿っぽくなるし圧迫感があってむずがゆくなるので、慣れないうちは補聴器をはずしてしまいたくなるものだ。僕自身は慣れてしまって、つけっぱなしでも平気になっているが。
長時間、補聴器を耳につけるというのは、本当はあまり楽ではないのだ。ひどい場合は、頭痛さえしてしまう。一般の人はこのへんがわからないので「補聴器をつけなきゃダメじゃないか」と怒るのだが、この辺をわかってやってほしい。

「年末渋滞 ―喘息」

[娘が電話のサインをする図] 1999年、ビッグコミック掲載 ビッグコミックス「やぶ医者のつぶやき」第3巻(小学館) 127頁

娘が、クリスマスプレゼントに携帯電話を父にねだる。この時に「電話」の手話を使っている。
しかし、父は医者として電話で呼び出される立場であり、ケータイはあまり好きではない。しかし、急ぎの往診で車が渋滞に巻き込まれる。この時ばかりは「携帯があったらいいな」と思ってしまう。

[携帯電話の手話の図] 健聴者でも「電話」の手話をサインとして使うようになった。しかし、ろう者の間では、ケータイを別の手話で表現している。手を軽く握って人差し指を伸ばしてアンテナとみなし、耳元にあてる手話だ。前のカットのような電話の手話は、電話の受話器をかたどったもので、ケータイとは違うものだ。
元々はろう者の手話だったものが、健聴者も手話とは意識しないで使われるようになることがある。「I Love You」サインもそうで、これはアメリカの手話が元。
とはいえ、健聴者がケータイを表現するのに「電話」の手話を使う一方で、ろう者は全く別の手話を作り出してしまう。このすれ違いがなんとも妙な具合ではある。