金魚奏(きんぎょそう)

作品紹介

「金魚奏」
ふじつか雪 ララDX(白泉社) 2005~2007年

第一ページで、祭の太鼓を打つ男を見て恋に落ちる少女、平山飛鳥。
その男が高校の同級生・今村泰生の兄・雅生だと知った飛鳥は、泰生に頼み込んで兄に引き合わせてもらう。
そこで初めて、雅生は耳が聞こえないことを知った飛鳥。読話はできるが「でも簡潔にな」という弟のアドバイスにパニくって、口走った言葉が「すきですっ」だった。ここまでで七ページ、早ぇえ。

簡潔すぎて思いがけず恋の告白をしてしまい、凹む飛鳥。これを見た泰生は、兄のことを説明する。耳のこととは関係なく、もともとそっけない性格なのだという。10歳ぐらいから少しずつ聞こえなくなり、荒れた時期に太鼓と出会った。
「だから雅生さんの音はあんなに胸をうつのか」と納得した飛鳥、雅生へのアプローチを始める。

[二人の太鼓共演]
「金魚奏」第一巻 34頁

このあと少女マンガらしい行き違いの後、泰生のはからいで太鼓を始める飛鳥。夏祭りに雅生と太鼓の共演をする。この後に雅生と仲直りすることでハッピーエンドとなる。

以上が、第一話。もともと読み切りで、この後になって連載が決まったのだという。
この後、耳の聞こえない彼とのすれ違いを繰り返しながら話が進む、ラブコメ少女マンガとなる。

この後の話の流れをおおざっぱに書く。
雅生のいる大学への進学を決心する飛鳥だが、「って偏差値(たか)!!?」それでも何とか大学合格する。(たぶんギリギリ)
しばらくして、雅生のオーストラリア留学の話を知る。知らされていなかった飛鳥は怒るが、海外留学に不安を感じてムリかも知れないと思っていたために言えなかったことを知ると、激励するようになる。「いつかエアーズロックで愛を叫ぼうね」
さすがに留学中は寂しさを隠せない飛鳥。留学から帰ってきたばかりの雅生とすれ違いが出るが、飛鳥は祭の場で太鼓の音で雅生を呼び出す。うまく二人は出会い、ハッピーエンドとなる。

細かい内容は、いちいち書かない。読んでのお楽しみである。
単行本二巻が出ている。

評論

実は、このマンガには協力者がいる。
この文章、「ピアニシモでささやいて 第二楽章」でも書いたなぁ。「ピアニシモでささやいて」に協力したのと同じ聴覚障害の女性が、「金魚奏」にも協力している。単行本「金魚奏」第二巻の中でも、後書きに彼女を紹介している。
「金魚奏」第二巻の巻末オマケマンガ「蝉時雨」に聴覚障害の女の子が出てくる。「金魚奏」では全く出ていなかった人物だが、たぶんモデルは彼女だろう。(メールしかやりとりしたことがなかったけど、へー、こーいう顔なんだ……)

「ピアニシモでささやいて」と同じく音楽がからんでいるが、こちらは太鼓だ。太鼓なら、ろう者にも楽しめる楽器としてなじみ深いものとなっている。実際、太鼓をやるろう者の団体も実在する。

[太鼓で筋肉痛…の図]「金魚奏」第一巻 17頁

実は、僕も太鼓をやったことがある。若いときの自分はムキムキのキン肉マン(本当だぞ)だったんだが、やっぱり筋肉痛になった。(^_^;
ま、筋肉痛ぐらい、どうってことはない。趣味の登山でも筋肉痛は毎度のことだし、音楽をやっている楽しみに比べれば、筋肉痛なんて些細な事だ。

聴覚障害者の協力者もあり、手話サークルにも取材しているようで、このマンガでの聴覚障害者の描写はわりときちんとしたものになっている。耳の聞こえない人との会話で注意しなければならないことも、ちゃんと書かれていたりする。

[手を合わせて謝罪するも、「手で口を隠すな」と張り扇でつっこまれる]
「金魚奏」第一巻 116頁

これ、従来のマンガにはお目にかかれなかった描写なのだ。
実際に、口の前に手を置いて話す人が時々いる。たぶん本人は無意識なのだろうが、口の動きが読めなくなるので困るのだ。読唇術が使えなくなってしまう。関係者にはごく当たり前な注意点なのだが、マンガでは意外に出てなかったりする。

他のウェブサイトで「金魚奏」の感想をチェックした。「金魚奏」最終話で、雅生が太鼓の音を聞き分けて飛鳥を見つけ出すくだりを、不自然とする感想もあった。雅生は耳が聞こえないのだから、離れた所にある太鼓の音が聞き分けられるはずがない、と。
実はこれ、不可能ではないのだ。失聴しても、高音域・低音域すべてにわたって聞こえなくなるわけではない。人によって聞こえる音の範囲に違いはあるが、一番多いパターンが「低音域はわりと聞こえる」ものだ。太鼓だとわりと聞こえるろう者がけっこういるわけで、だからこそ太鼓に取り組むろう者が多い。まして、雅生は本気で太鼓に取り組み、骨の髄まで太鼓がしみこんでいる男なのだから、音のパターンで飛鳥のものだと気づくのは不自然ではない。
ただまあ、飛鳥を探す雅生の耳に補聴器がはまっている描写になっていれば、さらによかったんだが。

少女マンガにありがちなストーリー展開なのだが、凡庸ではない。絵がかわいいし、男の僕が見ても楽しめた。オススメする。
少女マンガを読むのが恥ずかしい男性は、ネット書店で購読するといい。聴覚障害者向けの商品を扱う「ワールドパイオニア」でも、通信販売で購入できる。僕? 堂々と町の書店で購入した。女性マンガどころか、えっちなマンガも時々購入しているので、今さらどうってこともない。(このサイトでは紹介してないが、聴覚障害者が出ているえっちなマンガもあるのだ)


[記:2007年8月11日]